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天文十六(一五四七)年、信玄と佐久地方最後の砦となる志賀城主・笠原清繁との戦いは壮絶を極めたといわれます。後詰めを頼んだ上野国の上杉憲政は三千の軍勢を送りましたが、信玄は志賀城を包囲させたまま、上杉軍を迎撃。小田井原でこれを破り、討ち取った三千もの首を志賀城の周囲に架けて威嚇したと伝えられます。
清繁の首塚が城の近くの水田に残されています。
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